ふくろう通信1998-2

               一木こどもクリニック便り 1998-2月号 【通算第14号】

長野オリンピック、地元日本勢は大健闘でしたね。まだ一度もスキーなどしたことがないのですが、選手たちの素晴らしい競技にあおられて、私も今から冬季スポーツなるものにチャレンジしようかなあ、とテレビ観ながら夢想しているうちに、長年の運動不足のせいかフシブシが痛み出し、結局マッサージ機の中で毎晩居眠り。そんな日々でした。人生も半ばを過ぎてからのスポーツは身体に負担がきそうなので、やはり危ないことは考えずこれからも観るだけ、喋るだけにしておきます。

【こどもの病気の診かたと看かたI体温管理】

インフルエンザの大流行も下火になってきました。各地ではすでにインフルエンザと思われる脳炎・脳症・ライ症候群(急性脳症をともなう肝不全・多臓器不全)による犠牲者も相次いで報道されています。今冬の流行の残した爪痕は相当大きくなるでしょう。この流行でお子さんやご家族の誰かがインフルエンザに罹患して、大変な思いをしたという方はたくさんおられるでしょう。

ご自身が初めてインフルエンザに罹った方は、いやあ今度のはひどいカゼだった、と思っておられるのではないでしょうか。しかし前から繰り返しこの紙面でとりあげているように、インフルエンザは単なるカゼの親玉ではなく全身病なのです。インフルエンザウイルスは、はなやのどから血液に入って全身を駈けめぐる、ウイルス血症を起こすからです。

そして発病してしまったら、インフルエンザの治療というのは対症療法しかない、特効薬がない、つまりいかに上手にケアーして合併症を起こさずに済ますか、その工夫が大切です。 流行が一段落した今こそ、冷静に急性熱性疾患への対策を考える好機でしょう。 以下のお話は、インフルエンザだけでなく、急性の熱性の病気一般に通用します。

今回は、まず体温の管理法を解説します。
より正確に言いますと、バイタルサイン(呼吸、脈拍≒心拍、血圧、体温)の管理ですが、家庭で気づかれやすいのは発熱ですから、ここでは体温管理としておきます。

まず、発熱したらただちに解熱剤を!という単純な発想を捨てます。つまり平熱を維持しなければいけない理由はないからです。熱はムダにでているわけではありません。侵入した病原体に対して、生体が有効な攻撃手段の装備を完了するまでのとりあえずの武器。熱を出させた方が、ウイルスの増殖が早く止ります。

なぜならインフルエンザウイルスは、より低温で増殖が活発になるからです。現在ウイルスが検出されているA-香港型やA-ソ連型の場合、平均して、高熱が4泊5日くらい続きます。治療していてもこの発熱は続くのです。

ところで、38度5分になったら解熱剤(げねつざい)を使ってよいか、とよく質問されます。38度5分を平熱にするために解熱剤があるわけではないのです。解熱剤は、39度5分とか、41度とかの高熱をせめて38度5分くらいまで引き下げるための止むを得ない手段です。

38度5分という線引きは、子どもの場合、平熱の上限がだいたい37度4分で、37度5分からを発熱としているため、それに1度上積みしただけのことです。たいした根拠はありません。経験的に38度5分くらいにしておけば「くう・ねる・遊ぶ」がほぼ可能だからです。

ただし発熱に対する抵抗性には、個人差がかなりあります。39度あっても機嫌がよければ放置してよい、つまりその熱を無理に下げる必要はありません。しかし眠れない、水分も摂れないとなると少し下げる工夫をしてみます。解熱剤を使用することで、「くう・ねる・遊ぶ」の改善が見込まれる時にのみ使えば十分でしょう。

熱でひきつける体質のある子どもさん(だいたい小児全体の7%くらいと推定されています)では、37.5度くらいでも熱性ケイレンを予防する目的で、抗ケイレン薬の座薬を使用して構いません。こういう場合には、抗ケイレン薬の座薬を使っておけば、あわてて解熱剤を投与しなくてもよいのです。

ただし、こういう薬の使用は、あくまでかかりつけの医師の指示に従って実行して下さい。例えば、兄弟のお兄さんの方がかつて熱性ケイレンを起こしたことがあり、その怖い経験から、まだ一度もひきつけたことのない弟が発熱した場合にも予防のために使っておこう、などという必要はまったくありません。

単純な熱性ケイレンと、脳炎・脳症によるケイレンとは、まったく別物です。

インフルエンザのウイルス血症に対抗して、生体はインターロイキンという免疫物質を産生します。その産生量は、一般のカゼ(普通感冒)にくらべてかなり長期間、かつ大量に産生されます。このインターロイキンという物質は、ウイルスと闘うためにわれわれの体の細胞がだす物質なのですが、困ったことにそういう望ましい働きだけでなく、脳に作用して熱性ケイレンを起こすことがあるのです。

インフルエンザの時には、普通のカゼにくらべて熱性ケイレンを起こす子どもさんが多いのですが、その理由のひとつはただ熱が高いためだけではないのです。インターロイキンは発熱に先だって作られるため、しばしばケイレンも発熱に先だって起こることがあります。その場合も熱性ケイレンであることに変わりはありません。

さて、インフルエンザや水痘ウイルスの場合には、アスピリンを解熱剤として多用すると、ライ症候群になることがあるとされたために、インフルエンザ疑いの高熱性疾患や高熱をともなう水痘では、今日、解熱剤としてアスピリンを処方する医師、少なくとも小児科医師はほとんどいないだろうと思われます。

アスピリンはきわめて高率に肝障害を起こすために、全身のウイルス血症を起こす病原体の場合には、ウイルスと薬剤の相乗作用で、このような致死的な合併症を起こしてしまう危険性があると考えられています。ところが、アスピリン以外の解熱剤なら構わないかというとそうではありません。他の解熱剤でも肝障害を起こすことはあります。

しかしもっと大切なことは、解熱剤で強引に熱を下げることが、かえって病気の回復を遅らせてしまう可能性がある、ということなのです。

解熱剤のマイナス効果を示す有名な実験があります。ハンターンウイルス(韓国型出血熱の病原体)を感染させたネズミを二群に分け、一方のグループには発熱と同時に解熱剤を与え、他方のグループには投与しないで放置したところ、解熱剤を投与した群ではウイルスがどんどん増殖して、すべてのネズミが死んでしまいました。放置していた群では、ウイルスの増殖に歯止めがかかり、立派に回復したのです。

つまり、初期から解熱剤を多用するといつまでも病原体がのさばってしまうことが証明されたのです。インフルエンザに限らず、急性感染症の発熱は病原体の増殖を抑制するという合目的的効果があるので、むやみに解熱だけをはかるのは危険です。

ではどういう方法で熱を下げるべきでしょうか。一番の解熱方法は、しょっちゅう水分を飲ませてオシッコをたくさん出させること、こまめに下着を取り替えることです。室温のお茶(ポカリでもよい)を飲んで、40度のオシッコがでるわけですから、解熱効果はばっちりです。熱はオシッコに持ち去ってもらいましょう。 それにこの方法だと脱水を防ぐことができます。

乳幼児などが高熱をだした時に一番怖い合併症は脱水なのです。しかもご家族は、お子さんのグッタリの原因が、大部分は脱水によるものだと気づかないで、ひたすら解熱剤を6時間おきにマジメに与え続ける方さえおられます。まだ下がらんか、エーイ、なんで下がらんとや、この薬はイッチョン効かんばいネ(注:これは筑豊の言葉です)、そんな方もおられます。

ところで私自身は大学時代から通算して3回ほどインフルエンザに罹ったのですが、どういう治療をしてきたかご紹介しましょう。 まず枕元にペットボトルの大瓶と、大きい活字の本を一冊置いて(本があるとすぐに眠くなるから)ふとんにもぐります。そして数行読んでは眠り、目が覚めたらガバッと飲み、オシッコに行き、下着を着替えます。毎日2リットルくらい飲みます。
イケイケイケイケ、飲まんか飲まんか、モットモット、飲め飲め飲め…気合を入れて飲み続けます。トイレに行くと、出らんか、出らんか、出ろ出ろ出ろ、ハーヨ出てくれ、と祈ります。つまり、熱は解熱剤で下げるべきものではなく大量の水分でオシッコ、汗とともに出ていってもらうもの、なのです。
ドイツ語で、オシッコのことをHarn(ハルン)といいます。私は普段、健康な時でも「春ンの小川はサラサラ出るよ」と鼻歌といっしょに出します。これがポイント。

漢方薬の中には、発汗をうながす薬があります。麻黄湯(まおうとう)、葛根湯(かっこんとう)などです。これらの漢方薬を沢山の水分と一緒に服用して、ふとんにくるまって安静臥床します。そのうちジトジトと汗がでてきますので、下着を着替え、排尿し、また水分をたっぷり摂ってふたたび、ふとんにもぐりこみます。

これを繰りかえすこと2〜3日、ひたすらガマンの時間です。こういう闘いかたが、インフルエンザなどの急性熱性疾患には一番合理的のようです。滝のように流れる汗はほぼ病気が終息したサインです。子どもでも漢方薬がのめる人は試して下さい。

「先生、そんなこと言われたってえ、水分あげても飲まないんですよう、うちの子」などとおっしゃるお母さんがおられます。それも当然、ぐったりしてからでは少し遅いのです。熱が出たら間髪いれず飲め飲め、イケイケを実行しなくてはなりません。解熱剤など探しまわったり、病院に駆け込むことよりも、そういう水対策が大切です。飲ませたら、しばらく静かに寝かせます。

病院を受診するのは翌日でもよいのです。特に発熱初期の半日くらいは、飛行機が離陸中のようなもので、体の反応は刻々と変化しています。連れ回す(受診も待ち時間を考えたらほぼ同じ)よりも安静が先。ただし高齢者と乳幼児はきちんと診察を受けておいた方がよいでしょう。

では、吐き気があって、飲んでも飲んでも吐いてしまう場合や、下痢が激しい場合にはどのような水分の与えかたをするべきか、それは次号で解説します。

【お知らせ】

※ 診療時間、休診の日時などは前月までに掲示しております。日曜・祭日は休診です。また研究会などで臨時の休診となることがあります。

※ クリニック前の専用大駐車場には、出入り口が2個所ありますが、クリニックに近い側の出入り口は子どもさんの通路となるため、車の出入りはご遠慮下さい。また待機中のアイドリングも環境汚染の原因となるためご遠慮下さい。

※ インフルエンザの大流行のあおりで労働時間が長く、この通信を書く余裕がないまま2月も終ってしまいました。次号より遅れないようにガンバリマス。


発行:(医)一木こどもクリニック (責任者 一木貞徳) 1998.2.28 
住所:宗像市東郷下ノ畑394 TEL 0940-36-0880

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