にぎり |
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大学1年の時、下宿に土木工学科4年のU先輩がいました。体格も人柄も気前もよく、かわいい彼女がいて、しかもすでに大手ゼネコンに就職が内定していた先輩は、下宿中の人気者。
私はなぜかこの先輩にかわいがられたようで、風呂上りなど、「おーい、仕度せえ、寿し行くぞー」と声をかけられることが多く、あわててタオルを首に巻き、サンダル履きで、1銭も持たずに従う習慣ができておりました。 |
私: |
(ウニを眺めながら)先輩と同じ下宿で良かった。今日はたくさんいただきまーす。 |
U: |
おお、どんどん行け。ところでお前なあ、寿し屋の品書きに は、特上、上、並とか、松、竹、梅というのはあるけど、金、
銀、銅と書いてあるのは見た事ないやろ、どうしてやと思う? |
私: |
そんなこと僕が知るわけないでしょ、いただきまーす。
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U: |
ああっ、そのウニ残しとけって、くおの野郎、俺はまだ食って ないのに。まあ1杯いけ。ところでさっきの理由やけどなあ、 なるほどっちゅうのがあるんや。 |
私: |
(コリコリ、アワビをかじりながら)何がなるほどなんです?
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U: |
ああーっ、最後のアワビを。くそっ、もう1杯いけ。 |
私: |
先輩には、ほれ、このトロが残っていますよ。まあ遠洋もの を解凍したみたいですけど。ところで金、銀、銅がない理由? |
U: |
それや。お前が、金を一人前頼んだとして、どうなると思う? |
私: |
…?どうって?
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U: |
店長が『へい、カウンターのお客さん、金にぎりいっちょう!』 って言うと思わんか? |
私: |
(イクラに伸ばした手を引っ込めながら)ぐ、う…。
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U: |
一度だけやない。カウンターの中から見習の若い衆が『あいよ、 カウンター、金にぎりいきます!』って答えるやろな、きっと。 |
私: |
あ、お、お茶、お茶ください。
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U: |
それだけやないで。握り終えた時も、若い衆が、『金にぎりお 待っとうさん、サビ多くしてますから』なんて畳かけるんや。
それから最後にレジでもう1回とどめがくる。あっ、ほれ、も う1杯行けや。何や、急に元気のうなってきたな。 |
私: |
なんか腹が痛くて、ウニが出そうで…。
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U: |
今日は腹いっぱい食わしてやろう思うとったのに。残念やなあ。 |
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いつもは「ああ、食った、食った、ゲえっプ」とお腹を突き出しての帰り道ですが、その日は、前屈みになり小幅でトボトボと帰宅しました。それ以来、寿しと聞くとその日の情景がよみがえります。 |