こどもの病気の対応
―アトピー性皮膚炎についての鼎談その@―
出席者:藪野フクロウ(小児科医)
     肥やし家かつぎ(相手かまわぬ毒舌が売りのお笑いタレント。
               ふだんは関西弁、ときどき筑豊弁が飛び出す)
      甲斐乃カク (20歳位。自称アトピー性皮膚炎患者で、多少舌足らずで、
             突然、あやしげな東北弁で喋り出す ことがある)
肥やし家かつぎ :コンニチハ、今日は、藪野先生にアトピー性皮膚炎のお話を伺おうと思うて出てきまして ん、藪野ゆうたら何や薮医者を連想しますねんけど、お会いしてみたら、想像どうりの薮の顔やねん。 わてもうビックリしましてん、先生ホンマ患者さん診てはりまんのん?
藪野フクロウ :いきなりのご挨拶痛みいります。小児科医になって20年、前半10年は薮医者、後半10年 は 大藪や、ナーンテとんでもない、昼間居眠り、夜は酒で酔眼もうろう、ナーンテさらにとんでもない、実 際は、昼も夜も、毎日毎日徹夜で熟睡、ナナナーンテさらにトンデモありません。頭の中は勉強・努力・ 学問でギッシリ、食わない寝ない(例外は3回くらい?)遊ばないでヒタスラ勉強、ただそれだけの20年 でありました(子どもが3人、ウーム!)。顧みれば長男がアトピー、次男もアトピー、最後の娘だけツル ツル肌で、わが家は1勝2敗でしたね。ちなみに男子2人は気管支喘息、副鼻腔炎もあり、さらにときど き蕁麻疹も出し、お勉強に対するアレルギーまであって、あれもこれも世の中のアレルギーは、兄弟2 人でゼーンブ背負ってきたように感じております。というわけで止む無く不肖この藪野もアレルギーの勉 強は、熱心にやってきたつもりでおります。
甲斐乃カク :セーンセー、ワタシねー、もの心ついたときからズーットあちこち掻き続けてきたのよ、ワタ シが小さかった頃は、お祖母ちゃんが掻いてくれてたのね、それでわが家は、孫の手と言わずにババの手 と言ってたんだって。ワタシの夢は、結婚したらダンナに掻いてもらって、子どもができたらそれに掻か せて、孫ができたらそれにも掻かせて、それでようやく孫の手も完成ってわけヨウ。
肥やし家かつぎ :チョット、あんたは黙っとってええがな。今日は、わてと先生の対談なんや、よけいなこ と言わんといて欲しいなあ、ホンマに。
藪野フクロウ :いやいや千客万来、お客様は神様です。ご意見ご批判、ケチ、インネン、イイガカリ何でも 結構、ありがたく頂戴仕る、ハハー。
肥やし家かつぎ :どついたろか、ホンマに。今日はアトピーの話言うてるんや、早う始めたらんかい。
藪野フクロウ :冷静に、冷静に。今日は、科学的な話をする筈でしたな。では早速。そもそも世間の皆様は、 アトピーと聞くと大変なリアクションを示されるが、この薮野の考えでは、少なくとも4点ほど皆さんの 理解の仕方に間違いがあるようです。
甲斐乃カク :ワー、間違い4ツ探すのネ、それってバリ楽しそう。
藪野フクロウ :まずその@赤ちゃんの顔や体に湿疹のような病変が見られたら、ミソもクソもすべてアトピ ー性皮膚炎と思い込む傾向がありますが、これは間違い。
甲斐乃カク :セーンセーは、お味噌とクソの区別がチャーンとできるのネ。
藪野フクロウ :もちろん、それができるのが小児科医としてのミソです。あとのほうは、肥やし家さんの専 門なのでは?
肥やし家かつぎ :ワテのことはほっといてんか。勝手にかつぐんやナイデ。
藪野フクロウ :赤ちゃんの湿疹の中には、アトピー性皮膚炎以外にも、脂漏性湿疹や、お風呂で洗いすぎた ための一時的な皮脂欠乏、単なる乾燥肌、母乳によるニキビ、ヨダレによるかぶれ、など多くの非アトピ ー性湿疹が含まれるのです。アトピー性皮膚炎と診断するために、私藪野は、(1)典型的な屈曲部の病変 を認める、(2)苔癬化病変の有無、(3)全身病変の有無、以上3点を診断基準に採用しています。この基準 は、小児科医の基準よりもむしろ皮膚科医の基準に適合しています。小児科医は、家族歴を重視する人が 多いようです。そのA、実際にアトピー性皮膚炎と診断された時に副腎皮質ホルモンの外用剤(いわゆる ステロイドの塗り薬)を使おうとすると、まるで毒でも塗るような過敏反応を示す方がおられますな。あ れは、毒ではなくて、ちゃんとした薬なんです。
肥やし家かつぎ :せやけど、ステロイド言うたらこわいんとちゃうねん?
藪野フクロウ :だからきちんと、計画的に使わないといけません。そしてステロイド剤の内服は、アトピー 性皮膚炎に対しては、特殊な例を除いて使いません。一般にステロイド剤は、理由の如何を問わず、最初 に使い始めたドクターに以後のすべての責任があると言われるほど、初期の使い方および患者さんへの 指導が重要なのです。それとあまり知られていませんが、アトピー性皮膚炎の患者さんの半分は、その長 い経過のどこかで、民間療法に走っています。ところがこの民間療法の実に9割が、密かにステロイド剤 を使用している、というデータがあるのですよ。
肥やし家かつぎ :ほとんどサギやねん。
藪野フクロウ :言い換えれば、それだけステロイド剤が有効で、各種の民間療法の側でも、それを認めてい るからこそ、こっそり混ぜているわけですね。
甲斐乃カク :ステロイドって使い方が難しい薬やけんど、ちゃーんとセーンセーの指導どおりに使っとった ら、大丈夫なわけネ。
藪野フクロウ :そういうこと。で、そのB、アトピー性皮膚炎と言うと、直ちに食物アレルギーのみを考え るようですが、これも間違いです。
肥やし家かつぎ :フムフム、面白うなってきたわ。
藪野フクロウ :そもそもアトピーという言葉は、先天性のアレルギー反応を示す体質というような意味です。 で、そのアレルギーという言葉は、元来は、変わった反応という意味だったのですが、今日では過剰な反 応を意味するようになってきました。この場合の過剰反応は、何に対しても見境なくというものではなく て、ある特定の原因に対してのみ過剰に反応する、というものです。これが抗原特異性と言われる現象で す。つまり、もしアトピー性皮膚炎が、100%食物のアレルギー反応で説明がつくのであれば、何か特定 の原因に対してのみ湿疹を生じるわけですから、その原因を除いてやれば事は済むわけですね。
甲斐乃カク :ワタシ知ってる、三大アレルゲンって、卵、牛乳、大豆なんでしょ。
藪野フクロウ :アトピーを自任するだけあって、さすがに詳しいですな、アレルゲンなんて難しい専門用語 をご存知で。
甲斐乃カク :ハアー、あんまりワダスが掻ぐもんだで、バッチャが、「これ、カク、そっただ掻いてはナン ネダ、早えとごズッパリ掻ぐのさやめてケロ」なんていづも言ってタダアー。牛の乳ば飲んだあどなんが、 いづもかゆぐでかゆぐで、たまんねがっただなっす。とうとうある時だったすけ、病院のセンセが、まん ず牛の乳ばズッパリ止めろって言いなざった時は、さすがにワダスも悲しぐで泣げちまっタダア。
藪野フクロウ :それがすなわち、抗原除去という方法ですな。抗原というのは、自然界にあって、われわれ にとっては、異物として捉えられるものを指す言葉ですが、それがアレルギー反応をひきおこす場合に、 その抗原をアレルゲンと呼ぶのです。それで、アレルゲン除去とも言います。さて、Aさんは卵白でアト ピーがおこり、Bさんは牛乳、Cさんは大豆が原因というようにはっきりと原因が判明すれば、その原因 物質と関連食品を食事中から除くだけで解決する筈ですね。実際そういう患者さんもいるわけですが、そ うじゃない患者さんがこれまた多数いるわけなんです。
肥やし家かつぎ :そないな時にはどないしたらええのん?
藪野フクロウ :原因物質を探る方法としては、血液中の免疫グロブリンE(IgE)をはかるのです。IgEは、 即時型抗体といって、血液の中を流れているだけでなく、血管周囲や皮下組織や気管支平滑筋の下に潜む マスト細胞という、とてもイヤーナ細胞の表面にきな粉のようにまぶされています。マスト細胞の中には、 ヒスタミンなどのイヤーナ物質が、たっぷりと貯蔵されているのですね。いま外から気管支や血管を通っ て、体の中にダニの死骸やハウスダスト(家屋塵)が侵入してくると、これらのアレルゲンは、マスト細胞 表面のきな粉、つまりIgEにくっつきます。すると、マスト細胞は、ヒスタミンなどのイヤーナ物質を細 胞の外に放り出すのです。これらの物質がかゆみや浮腫や、気管支の収縮をひきおこすのです。マスト細 胞の表面のIgEは、卵白専門、ミルク専門、ハウスダスト専門など、個々のアレルゲンに対する分担がは っきりしていますから、これらを別々に測定できるのです。すなわち即時型抗体であるIgEにも抗原特異 性がみられるわけです。また、個別にはかるだけでなく、全体のIgEの量を総IgE量としてはかることも できます。
甲斐乃カク :もうだめ、ワダス、セーンセーのハナス、とでもついでいげないっす。
藪野フクロウ :読書百遍意自ずから通ず、と申します。くり返し聞いたり、読んだりすれば、そのうち常識 になるのです。いまお話したことなんか、そのうち高校の生物あたりで習うようになりますよ。とにかく 原因は食べ物だけではないのです。
肥やし家かつぎ :食べ物であっても、それ以外の物質であっても、つまりは、血液検査でアレルギーの原因 が分かれば、それを環境や食事から除けばええのんやね。
藪野フクロウ :そう簡単にいかないのが、アトピー性皮膚炎の厄介なところなんですな。実は、そのC、ア トピー性皮膚炎の患者さんでは、アレルギー反応、すなわち即時型抗体であるIgEの異常だけでなく、皮 膚全体のバリアー障害があるということが、最近知られるようになってきたのです。皮膚表面のバリアー としては、セラミドという燐脂質の膜があるのですが、それだけではなくIgEの仲間の免疫グロブリンA (IgA)という物質が、血液からしみだしてきて皮膚全体を覆っているのです。正確に言いますと、血液の中のIgAとは、少し構造が違っていて、分泌型IgA(sIgA)と呼ばれる物質です。この分泌型IgAは、皮膚 表面だけではなくて、母乳中や唾液、涙液、消化管の内側、気管支粘膜など空気と触れ合う面に分布して います。では、この分泌型IgAがどのような役割を果たしているかと言いますと、いろいろな細菌や真菌 (カビ)などの微生物による攻撃から、皮膚を守っているわけですな。
甲斐乃カク :ますます分からんようになってきた。わたし、頭破裂しそうやわ。
藪野フクロウ :ズーズー弁はもうおしまいですか。
肥やし家かつぎ :皮膚を保護してくれるバリアーには、セラミドとかいう化学的物質と、分泌型IgAという 生物学的なものと両方がある、とこういうわけやねん。
藪野フクロウ :さすがは、肥やし家さん、口は悪いが、頭はしっかり肥やしが効いておるようですな。その 通り。で、その分泌型IgAの量が、アトピー性皮膚炎の患者さんでは、大変少ないということが分かって きたのです。もともと、アトピー性皮膚炎では、とびひや、水いぼ、帯状ヘルペスが出来やすい、という ことが知られていたのですが、長い間その理由がわからなかったのです。アトピーの患者さんでは、皮膚 が荒れているから2次的にこういうものができやすいのであろう、と漠然と考えられていたのです。とこ ろが分泌型IgAの量が少ないということになると、話は全く違ってきます。分泌型IgAの量が少ないと、 本来はいないはずの黄色ブドウ球菌(とびひの原因菌)が増殖してきます。黄色ブドウ球菌は、アトピー性 皮膚炎を悪化させます。悪化させるだけでなく、その成立(発症)にも関係しているらしいのです。分泌型 IgAの量は遺伝的に決定されているので、これが少ないということはとりもなおさず、アトピー患者では、 アレルギー反応とは別に、生まれつき皮膚のバリアー機能に異常がある、ということになるわけなのです。
肥やし家かつぎ :だんだん面白うなってきたわ。せやけど時間切れや。この続きはまた来月聞かせてもらう よって、それまでよう寝ときや、フクロウのおっチャン。
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